2010年2月20日 (土)

女優のこと

Photo_5 以前、高峰秀子の自叙伝を読みました。赤裸々で面白かったので、岡田茉莉子の「女優 岡田茉莉子」も読んでみました。

こちらは、赤裸々ではないけれど、観たことのない映画のこと、監督のことなどが書かれていて、それなりに面白かった。

中でも”我が意を得たり”と思ったことが一つ。

茉莉子嬢が、小津監督(小津安二郎)に野球にたとえて、

「これまで監督の作品に出た女優の中で、誰が四番バッターですか?」と尋ねたら

「杉村春子」と答え、「四番バッターがいなければ野球にならない」と言ったことです。

私は野田高梧氏のシナリオ「東京物語」を読んでから、ビデオで映画「東京物語」を観ました。

その時 「杉村春子だ! やっぱり杉村春子だなあ」 と思ったわけです。

このようなチ~ンとした映画(言い方が悪くてすみません(-_-;) )杉村春子がいなかったら、どうなの? と思ってしまったわけです。

原節子嬢だけでは、絶対に映画にならない。原節子さんが早くに引退してしまったのも、杉村春子という名優と共演してしまったからではないかと思うぐらいです。

有名なN.O.監督は、テレビで役者はキャラクターだ!と叫んでいましたが、私はキャラクターだけで、映画が成立するもんか!と思っているのです。

名女優として思い浮かぶのは、年齢の高いところから、市原悦子、吉田日出子、桃井かおり、大竹しのぶ さん など。

この四人の特徴としてもったりとしたしゃべり方、とてもクセのあるしゃべり。

杉村春子さんは、さらさらと早口でしゃべる。

もったりとしたクセのあるしゃべり方で脇役をやると、クセのあるしゃべりと芝居の上手さで観客の目を引きすぎる。映画として成立させるにはちょっとジャマかも。

その点、杉村春子嬢は、目立ちすぎず、主役を引き立てながら、抜群のセンスと存在感で映画を盛り立てる。

う ~ ん、  恐ろしや! 杉村春子!

以前、平山監督(平山秀幸)の映画「OUT」を観た時、なんか物足りなさを感じながら観ていましたが、ラストに吉田日出子嬢がトラックの運ちゃん役で登場し、

「どこ、いくんかい?」 と一言言ったら、芝居が締まった。

やっぱりねぇ~  恐ろしや! 吉田日出子!

舞台経験の長い天才女優たちは、芝居全体を引き締める力があると思うのです。

まあ、最近のテレビや映画は、ただ美しい容姿を並べるだけのが多いけど、それだと芝居に厚みが出なくて、私としては面白くないのです。

主役は別として上手い舞台の役者を見直すべき! と思います。

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2007年3月26日 (月)

「硫黄島からの手紙」を書いた私 ー アイリス・ヤマシタ

文藝春秋 四月特別号に「硫黄島からの手紙」の脚本家アイリス・ヤマシタさんの手記が載っていました。  映画「硫黄島からの手紙」の感想をブログに書いたとき、 ー また、日本人は負けてしまった! ー と書いたのですが、この映画を制作するにあたって、準備段階から渡辺謙さんが加わっていて、日本語が正しく書かれているか、正しく聞こえるかなどのチェックをされていたそうです。だから、日本人として違和感なく観られたのだということがわかりました。

そして、ヤマシタ氏は

「ハリウッドが長年、アジアを間違って描いてきたことは、私も知っている。・・・・・「硫黄島からの手紙」というプロジェクトは異例であり、本来なら映画会社から承諾を得ること自体、不可能に近かった。まさにクリント・イーストウッドだからこそできた映画だ」

と書いておられます。そうだったのか!クリント・イーストウッドって、間違いなく巨匠ですね!(*^_^*) 

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2007年1月20日 (土)

ルキノ・ヴィスコンティと岡田真澄

昨年、俳優の岡田真澄氏が亡くなられました。〔 アーメン (-_-) 〕

メチャハン(たいへんな美男子)で、若い時はモテモテだったとか。

ガールフレンドがAからZまでいたとか・・・。それだけ女性にモテたわけですから、当然男性にもモテたわけです。その昔何かの雑誌で読んだのですが、

真澄氏は若い時、一時ヨーロッパに居たそうで(彼は英語もフランス語も堪能だったとか)そして、なんとその時、あのルキノ・ヴィスコンティに追いかけられ、逃げまわったとか・・・・。

それを聞いた萩原健一氏が

「尻(ケツ)ぐらい貸してやればよかったのに」と言ったとか。

いかにも萩原健一氏が言いそうですよね。フッフッフ

最近、BSでやっていたヴィスコンティの映画を観て思ったんですが、

もし、岡田真澄氏とルキノ・ヴィスコンティ氏が出逢っていたら・・・

映画史が変わっていたかもしれない!

ルキノ・ヴィスコンティ氏が愛した男優 ー ドイツ人俳優のヘルムート・バーカー

彼を愛したからこそあの「ルードウィヒ」ー1972年作 という映画が生まれたんだと思います。その前の「地獄に堕ちた勇者ども」ー1969年作 もタイトル・ロールは、ダーク・ボガードですが、やはり金髪・碧眼のヘルムート・バーカーを役者として使いたいがため、創られたんだと感じました。

そしてもし、ヘルムート・バーカーの替わりに岡田真澄氏との恋愛が成立していたなら・・・

妄想が目眩く渦巻いてしまいます。

「地獄に堕ちた勇者ども」の代わりに

原作書き下ろし  三島由紀夫

脚本         ルキノ・ヴィスコンティ 菊島隆三

「Japanese  soldier」  ちょっと陳腐な題名かしら。

岡田真澄氏扮する海軍の若き青年将校とイタリア総督の美貌の新妻(総督より30歳ぐらい年下の設定で)の灼熱の恋!  ケケケ臭い!(^O^)(~o~)(*^_^*)

日本の美しい風景、すばらしき調度品の数々、豪華絢爛たる着物 などなど・・・

想像しただけで、楽しくありませんか!

もし、二人がときめいていたら・・・

確かに映画史は変わっていた!!!

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2007年1月15日 (月)

葛飾柴又「帝釈天」

葛飾柴又「帝釈天」

昨日「帝釈天」に行って来ました。ご存知「男はつらいよ」寅さんです。私はこの映画をリアルタイムで観てないんですが、今BSでやっているのを観ると、なんともいいですよね。現代の落語ですね。渥美清さんという人はすごい人です。思わず笑っちゃう。わざと笑わせようという人とは違うもの。これって真似しようと思ってもできるもんじゃない。天性ですよね。ということで帝釈天。とても良いお天気で七日も過ぎていましたが、それなりの人出でした。

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2006年12月14日 (木)

映画の父「マキノ省三氏銅像」in等持院(京都)

                                            Photo_1Rimg0024  並木鏡太郎監督の本「京都花園天授ヶ丘」に誘われて、等持院まで行って来ました。残念ながら、マキノ撮影所の名残はまったくありませんでした。マキノ撮影所のことは、等持院をお掃除しているおばさん達もまったく知らないようでした。受付のおばさんに尋ねたところ「三門の向こうの方にあったそうですよ。大昔のことですからね」と言われてしまいました。現実、そこで生活している方々にとっては、何の感慨もないという感じでした。ちょっと、がっかり。

銅像も私が思い描いていたのとは、まったく違っていました。等持院入口の横にあるお墓の前にありました。台座がすごく高くて、マキノ省三先生の姿は遙か上の方でした。

等持院にいたという作家の水上勉氏のことを尋ねてみましたが、何も残っていないそうです。水上氏が亡くなった時、新聞記者たちが押し掛けて来たそうですが、答えるものが何もなかったそうです。

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